Chapter.5 - Additives

さて、ここからはいよいよ添加剤に関して書いていこう。 エンジンオイルがベースオイルと添加剤によって構成されていることはベースオイルの章においても書いたが、実際にはこの添加剤と呼ばれる物はニ種類に分かれる。 一つは市販されているオイルの中に初めから入っている、オイルメーカーが製造の際に加えた添加剤で、もう一つは”エンジンオイル用添加剤”として市販されている、ユーザーが後から加えるタイプの添加剤である。 このうち、後者のユーザーによって後から加えるタイプの添加剤に関しては、非常に膨大な数の製品がそれぞれ違った効能を謳っており、確かにその効果が多くの使用者によって認められているものもある一方、その原理が公開されていない、いまいちはっきりしない効果に疑問符がつく物も多く、これらを全て評価することは実質的に不可能である。 また、前者のオイルメーカーが製品に初めから加えている添加剤についても、特に最新の、材質、配合、添加方法等は企業秘密に関わる部分になることも多く、あまり多くの情報は公開されていない。 そのため、本章においては具体的に添加される物質個々についてではなく、大まかに、その分類と機能に関してまとめていく物とする。
添加剤と一言に言っても、その役割は様々である。 共通して言えることは、添加剤をベースオイルに加えることで、本来ベースオイルが持っていた以上の性能を引き出し、より高性能なエンジンオイルを製造する、という点であるが、添加剤を加えることによるデメリットが発生することも多い。 また一般に、高性能なベースオイルに少な目の添加剤という組み合わせの方が、多くの添加剤を加えた製品に比較しより長期間安定して性能を維持できる場合が多い。 添加剤の使用にはこれらの利点と欠点をしっかりと把握し、それぞれの欠点をうまく補うよう組み合わせを工夫することが性能向上の鍵となる。 以降代表的な添加剤に関して、その効果などをまとめていく。


5-1. Antioxidant

エンジンオイルの耐久性を決める大きな要素の一つに、酸化に対する耐性が挙げられる。 エンジンオイルは酸化すると、油溶性酸化物に変化し、さらに重縮合して不溶解性物質になる。 これがいわゆるスラッジやワニスと呼ばれる高分子量の劣化成分で、粘度増加によるフリクションの増大、オイルギャラリを詰まらせる、摺動部の潤滑不良、ピストンリング固着、エンジン冷却性の低下等などの様々な弊害が発生する。 そうなる前にエンジンオイルの交換が必要になるわけであるが、ほとんど距離、時間を走っていないにもかかわらず、すぐに交換時期が来るようでは製品として大いに問題がある。 そこでオイルが酸化しにくくなるように添加剤を加え、より高い耐久性を持たせる。
オイルの主成分である炭化水素は、エンジン内の高温高圧下で、金属や酸性ガスといった酸化触媒となりやすいものとともに存在している為、酸素を含む空気と接触するとすぐに酸化し、カルボン酸を生成する。 ベースオイルの分類では、エステル類は高い酸化安定性を誇り、こういった酸化防止剤はほとんど必要としないが、PAOやVHVI等の不純物をほとんど含まない飽和炭化水素は酸化安定性が低く、酸化防止剤は必須となる。 ミネラルベースは、含まれる不純物が多く、その中の主に硫黄化合物によって酸化が阻害される為上記2種の中間的な特性を持つが、その性能が安定しているとは言えず、商品による差が大きかったり、使用による劣化スピードがまちまちであったりする。
オイル中における成分の酸化反応は、炭化水素をRH、フリーラジカルと呼ばれる活性基を・としたとき、

  1. RH + O2 -> RO・,RO2・,・OH (フリーラジカルの生成、反応連鎖の開始)
  2. RO2・ + RH -> RO2H + R・ (ヒドロペルオキシドの生成、反応連鎖の成長)
  3. R・ + O2 -> RO2・ (ペルオキシフリーラジカルの生成、2.へ連鎖)
  4. RO2H -> RO・ + ・OH (ヒドロペルオキシドの分解 パターン1、2.へ連鎖)
  5. 2RO2H -> RO・ + RO2・ + H2O (ヒドロペルオキシドの分解 パターン2、2.へ連鎖)

のように酸化反応が連鎖、拡大する性質があり、酸化防止剤の作用はこの反応連鎖を停止させる連鎖停止剤と、ヒドロペルオキシドと反応し不活性物質へ分解するペルオキシド分解剤の二種に大別される。 また、鉄や銅等の遷移金属イオンはヒドロペルオキシドのラジカル的分解反応を促進する為、この反応を防止するため金属不活性化剤と呼ばれる添加剤が使用されることもある。
こういった酸化防止剤の効果で、ある程度の期間はベースオイルの酸化や、これが原因の劣化生成物の発生を抑えることができるが、酸化防止剤それ自体や、酸化防止剤によって不活性化された物質も劣化物質としてオイル内に残留することや、一度酸化防止剤として機能を果たすとその後は機能を失う為、使用していくうちに有効成分が減っていくこともあり、添加剤の寿命がほぼオイルの寿命となると考えるべきである。


5-2. Friction Modifier

摩擦調整剤と呼ばれ、市販添加剤の多くがその効能を全面に押し出し宣伝をしている、いわばエンジンオイル添加剤の代表的効能の一つである。 摩擦抵抗を改善することにより、エンジン回転抵抗の軽減等から、各部品の摺動部の磨耗量低減等多くの機能を持つ。 硫黄化合物やチオ燐酸化亜鉛等が代表的で、酸化防止効果を持つものも多い。 近年では特に、最新の高性能省燃費エンジン向けの超低粘度オイルに、モリブデンアンチモンの化合物を加える例も多く、有機化して添加する例もある。
摩擦調整剤はその性状により二種に大別される。 一つはエンジンオイルに溶ける油溶性の添加剤で、もう一つはオイルには溶けない固体潤滑剤と呼ばれる物である。
油溶性のものでは、長鎖の有機極性化合物を主成分とする油性剤と呼ばれる物、硫黄、燐、亜鉛、塩素等の化合物を主成分とする極圧剤、対磨耗剤、磨耗防止剤などと呼ばれる物などがある。 両方とも金属表面に皮膜を形成し、金属同士の接触を防ぐことで摩擦を低減しているが、油性剤は熱に対して十分強いとは言えず、高温下では金属表面からすぐに剥離してしまう。 対して、極圧剤などと呼ばれる物はその名前からもわかる通り、表面金属と反応して不油溶性の耐磨耗膜を形成するなどして、高い耐荷重能力、極圧潤滑性能を発揮する。 但し、相手の金属によって反応性が異なる、反応性が高く、耐荷重能力の高い物ほど金属を激しく腐蝕させてしまうなどの問題点もあり、使用するエンジンに合わせて調整をする必要がある。
固体潤滑剤と呼ばれるものには、ニ硫化モリブデングラファイト、ボロン系等のセラミック粉末、PTFE、微細金属紛等があり、溶けずに油中に浮遊するこれらの粒子が摺動部の金属間に挟まる事で直接接触を避ける事で摩擦を低減する。 その原理上、相手の金属が研磨されることを防止するため”非常に柔らかい”固体を使用する必要があり、また沈殿による分離、堆積を防止する為オイル中で長時間浮遊していられる物質でなければならない。 一部にあえて”硬い”固体を使用し、研磨による表面処理を目的とする物もあるが、これはよほどうまく使わないと、各部品の異常磨耗を促進する、シリンダー内壁のクロスハッチ加工等のような、油膜保持を目的とした金属表面の凹凸まで研磨してしまうなど多くの問題を誘発する。 また多くの固体潤滑剤において、何らかの要因で設計通りの粒子サイズではなくなってしまった場合に、オイルエレメントに濾過されてしまいオイル中から分離させられてしまったり、またそれによりオイルエレメントを詰まらせるなどの問題を発生させる可能性を含んでいる。
固体潤滑剤の中には、自己潤滑する物も多くあり、エンジンオイルへの添加以外にも、液体潤滑剤の使用に不向きな個所や、使用頻度が低く、長期間安定した潤滑性能を得たい場合などへの活用が考えられる。 特に、無酸素で温度変化の激しい宇宙空間での活用には注目が集まっており、積極的な研究が進められている。


5-3. Detergents and Dispersants

こういったオイル添加剤に関する記事において、”清浄分散剤”としてよくまとめられているが、実際には清浄剤と分散剤という二つの化合物を添加しており、それぞれが有効に機能することで”清浄分散”という大きな目的を達成している。
エンジンオイルの性能を維持する上で、発生してしまったり紛れ込んでしまったりした不純物、劣化物質をどう処理するかは大きな問題である。 最近のオイルでは、清浄分散剤の機能により、エンジンオイルの性能になるべく害を及ぼさない物質にしオイル中に分散させることで、スラッジ化によるオイル性状悪化、堆積によるトラブル発生を防止している。 清浄剤は、主に高温運転下で燃料が燃焼室内で爆発、燃焼した際に発生するNOx, SOx等の酸性ガスがオイル中に混入してしまった場合にこれらを中和することで、オイルの酸化、それによるスラッジ発生等を抑える物で、カルシウム、バリウムマグネシウム等を含む化合物が使われる。 分散剤は、主に低温運転下で発生する(既に発生してしまった)スラッジやカーボンを、金属表面から”洗い落とし”オイル中に分散させる事を主な目的とし、アルキル基を含む化合物や、極性高分子を含む化合物などで、分子の極性から生まれる引力により汚濁物質に接着し、溶解度により油中に分散させる。 これら清浄分散剤の効果により、金属表面へのスラッジの堆積はかなり抑えられるが、分散剤によりオイル中に分散した成分は基本的にオイルエレメントでは濾過できないサイズの粒子であり、不純物はオイル中に蓄積される事になり、オイル中に溶解できる不純物の量を超えると、いくら分散剤の成分が生きていてもその効果を発揮できなくなる。 そのためオイル中に不純物を溶かし込める限界が来る前にオイルを交換してやる必要性がある。
最近流行している”フラッシング”に使われる洗浄剤はこういった清浄分散剤の効果をより強力にした物で、ケロシンを主成分とする灯油系、薄めのオイル中にこういった添加剤を大量に投入したタイプ、有機溶剤(ソルベント)を使用する物の三種がある。 効果が強力で、かつ数分程度の作業でその効果を発揮させることを前提に非常に高い即効性を持たせている為、清浄分散剤と同じ物として扱うことはできないが、最近では初期のフラッシング剤に見られたシール類への高い攻撃性も改善されてきており、今後エンジンメンテナンス法の一つとして定着する可能性もある。


5-4. Viscosity index improvers

近年では、省燃費性向上のために、0W-20や5W-30といった粘度が低い製品が急増している。 一般に、マルチグレードオイルでは、その幅広い温度域に対応する為に、低温側粘度に合わせ粘度の低いベースオイルを用い、粘度指数向上剤によって高温側の粘度を確保している。 この粘度指数向上剤には、分子量が10000以上の油溶性高分子が用いられる。 ポリアルキルメタクリレート(PAM)、ポリイソブチレン、 オレフィン共重合体(OCP)等が代表的で、流動点降下剤としての効果をもつものもある。
こういった成分は低温状態では縮れて小さく収まった状態でオイル中に存在する為、ベースオイルの粘度はほとんど変わらないが、高温下でベースオイル単体粘度が低下する状況下では、解けて伸び広がり、粘度が下がったベースオイルの分子を接続することで、粘度を上昇させる。 結果高温時と低温時の粘度変化量が少なくなり、粘度指数が向上する。 しかし鎖状の分子構造をもつこういった高分子は、物理的な剪断力に対して弱く、特に高温高圧になる高負荷運転時には、分子が剪断され粘度が低下する。 一度剪断されてしまうと分子構造は元に戻らない為、粘度が低下したままになってしまうため、高負荷運転の繰り返しには向かないが、反面、高温下で分解するような官能基を配合することで、低〜中温域での粘度特性を維持しつつ高温運転時のデポジット生成量を低減することも可能で、高分子の剪断安定性と分子構造のバランスが重要になる。
また、こういった高分子構造を配合したエンジンオイルは、非ニュートン流動的になる傾向があり、ワイゼンベルグ効果、バラス効果、トムズ効果等により、摺動部にオイルが絡みつくような現象の発生、油膜強度上昇、液体間の摩擦特性が改善する等の効果が得られ、こういった点に特に注目して添加剤配合を行ったり、一部製品ではベースオイルを構成する炭化水素の一部を高分子化する事で、こういった性質を得たりしている。


5-5. Antifoaming

エンジン内部では、オイルは激しく攪拌され発泡する。 気泡の発生は、オイルの酸化を促進、潤滑不良の発生、油圧の低下、冷却効果の低下、キャビテーションによる金属部品の異常磨耗、破壊等の原因になる事もあり、可能な限り気泡の発生は抑えることが望ましい。 このため、エンジンオイル中には消泡剤と呼ばれるこの気泡の発生を抑え、また発生した気泡を消す効果をもつ添加剤を加える。 この消泡剤は、潤滑油に不溶で、かつ表面張力が小さく泡沫に対し拡張性のある性質を持つことで、泡沫を構成する膜の表面に付着し、膜を構成する物質を押しのけて泡沫を消す、あるいは膜を形成する物質間に入り込み、泡沫の発生を抑制する効果をもつ。 具体的には、シリコンオイルや脂肪酸、リン酸エステル等が使われるが、特にシリコンオイルは少量の添加で高い消泡効果を得られ、ベースオイルの性状に与える影響が少ない等の点で優れている。 しかし、いくら消泡剤を加えたところで、そもそも非常に気泡が発生しやすい環境下である為、運転中は10%近い泡沫がオイル中に含まれている場合が多い。


5-6. Pour point depressors

寒冷地で自動車を使用する際に、エンジンオイルの性能でもっとも問題となるのは低温時の始動性である。 多成分の混合物であるエンジンオイルが純物質のように一定の融点を示さないことは流動点の項でも書いたが、実際には全体が凝固する流動点よりもかなり高い温度で、オイルに含まれる蝋分が順次結晶化する為急激に粘度が上昇し、始動に十分な流動性が確保できなくなる場合が多い。
これを改善するのが流動点降下剤で、塩素化パラフィンとナフタレンまたはフェノールの縮合物、ポリアルキルアクリレート、 ポリアルキルメタクリレート、 エチレンと酢酸ビニルの共重合体、アルケニル琥珀酸誘導体等があり、蝋分が網の目状の結晶構造に成長する過程で、結晶表面に吸着したり、蝋分と共に結晶化したりすることで、結晶構造の成長を抑止し、流動性の急激な低下が発生する温度を引き下げている。


5-7. Other additives

これまで書いてきた代表的なものの他にも、エンジンオイルにはまだまだ多くの添加剤が使用されている。 この他の添加剤で代表的なものをいくつか一覧形式で記載する。

  • 錆止め剤 ・・・ 鉄や銅の表面に最稠密状態で吸着し錆の発生を防ぐ。 極性基と適当な大きさの親油基(炭化水素基)を有し、金属表面に極性基が吸着することで強固な吸着膜を形成し、酸素および水と金属表面との接触を防ぐ。 この作用機構は油性向上剤と類似しているため、油性向上剤にはさび止め効果を示すものが多い。 なお、さび止め添加剤には、このほか水置換性、水可溶化性等の機能も重要。
  • 腐食防止剤 ・・・ 油の酸化生成物や極圧添加剤のような、金属との反応性が大きい添加剤による、主に非鉄金属の腐食を防止する。 金属不活性化剤の機能も有する。
  • 抗乳化剤 ・・・ エマルション(W/OあるいはO/W)を破壊して2液相に分離する作用を示す。 大部分は界面活性剤で、界面の膜強度を低下させたり、あるいは電気2重相の電荷を中和し、エマルションの破壊を促進させたりする。

単一の種類を添加した場合高い効果が得られるが、他の添加剤と併用すると逆効果になってしまう場合があったり、また逆に他の添加剤と併用することでより高い効果が得られたりと、その選定、ブレンドが非常に難しく、各メーカーでも日夜研究が進められている。 最近では単一の添加剤で複数の効果をもつものや、またデメリットも多く一般向けではないが単一の性能に限って言えば目覚しい効果を発揮する物など、様々な添加剤が次々と開発されており、今後も更なる発展が期待されている。