Chapter.3 - Base Oil

前章にて、役割、機能を整理してみたが、ではその要求機能を満たす為にはどのような成分組成を持っていれば良いのであろうか。 以降は具体的な成分について整理していこうと思う。
エンジンオイルとして現在使用されているものは、基本的に全て、ベースオイルと添加剤によって構成されている。 ベースオイルは、一部の物を除き、原油天然ガスといった地下埋蔵資源を精製・改質することで製造され、その製造法・過程により、”鉱物基油”と”化学合成基油”に分類され、またそれらを混合した”部分合成基油”とあわせて3種類が、市販オイルにおけるベースオイルの一般的分類となっている。
規格としては、American Petroleum Institute(米国石油協会・通称API)の定める物があり、下表のようになっている。

Group ISaturates < 90% and/or Sulfur >0.03% and Viscosity Index >= 80 to <120
Group I+with a Viscosity Index of 103 - 108
Group IISaturates >= 90% and Sulfur <=0.03% and Viscosity Index >= 80 to <120
Group II+with a Viscosity Index of 113 - 119
Group IIISaturates >= 90% Sulfur <=0.03% and Viscosity Index >= 120
Group III+with a Viscosity Index of >= 140
Group IVPoly alpha olefins (PAO)
Group VAll others not included above

なお、”+”の記されているグループはAPIによって定められた物ではなく、一部のオイルメーカーが、自社製ベースオイルの品質・性能の高さをアピールする為に設けた便宜的な規格である。 Saturatesは飽和分の割合、Sulfurは硫黄分の割合、Viscosity Index(VI)は粘度指数を表す。
Group I ~ Group III+までがいわゆる鉱物基油に当たり、このうちGroup III, Group III+はそれぞれVHVI, XHVIと呼ばれ、化学合成基油であるGroup IVとほとんど変わらない粘度指数特性を持つ。 このことと、Group IIまでの従来の鉱物基油に比較し製造行程が異なることから、Castrolが化学合成油として販売、これに対してExxonMobilが抗議し、裁判の結果Castrolが勝訴して以降、VHVI,XHVIを鉱物基油として扱うか化学合成基油として扱うかは各社で対応が分かれている。


3-1. Mineral Oil

鉱物基油は、複数種あるベースオイルの中で、もっともシンプルに製造され化学的にも安定していることから、一般的な使用条件下において重視されるコストパフォーマンス・耐久性の面で優れている為、現在主流となっているベースオイルである。
化学反応による改質行程は経ず、原油を減圧蒸留することで得られた重油をさらに精製することで製造されるが、原油の成分・品質による性能への影響が大きい。 一例を挙げると、米国Pennsylvania州等で産出されるパラフィン系のもの(※1)の方が、他地域で産出されるナフテン系や中間期系のものより潤滑性能は高いようだが、残念ながら日本国内で製造されるほぼ全ての鉱物基油は中東原産の重油から精製されているようだ。 
エンジンオイルとしての歴史は非常に長く、自動車が発明される以前、1866年には製造されている。 当時使用されていたのは、ウォーターポンプ、ボイラー、コンデンサーを備えた蒸気エンジンで、それまでの潤滑油では大きな問題となっていた、吸排気バルブの膠着・腐蝕の問題を一挙に解決する画期的なもの(※2)であった。

(※1) Pennsylvania’s oilからPENNZOILになったとか
(※2) Valve oilからValvolineになったとか


3-2. Synthetic Oil

化学合成基油は製造工程中に化学反応による改質行程を加えることで、鉱物基油に比べより安定した性能を発揮できるように作られている。 製造コストがかかるため、モータースポーツ用途等の高性能高級オイルを中心に採用されているベースオイルである。
通常化学合成基油と呼ばれるものは、

  • 原油を常圧蒸留することで得られるナフサや、天然ガス(エタン)を高温で熱分解して得られるエチレンを重合して製造されるポリアルファオレフィン(以下PAO)
  • エチレンにニッケルやリン酸等を触媒に用いて水を付加させて製造するエタノール等のアルコール類と、各種酸との脱水縮合によって得られるエステル類

の二種が代表的である。
元々、航空機の分野において、第二次世界大戦中の良質な鉱物基油の不足、その後のエンジンがレシプロからターボファンに切り替わっていく過程で、より高温、高圧、高負荷に安定して耐えるオイルを大量に確保する必要が出てきたために研究開発された経緯があり、一般的な鉱物基油に比較して、

  • 温度変化に対する粘度変化量が少なく、より幅広い温度域をカバーすることが可能。
  • 流動点が低く、低温特性に優れる。
  • 引火点が高く、引火、火災事故の危険性が低い。
  • 揮発性が少なく、蒸発損失も少ない。

といった特徴を持っている。 この他にも、PAOには、

  • 粘度指数が高く、より幅広い粘度をカバーすることが可能。
  • 熱的、化学的に安定しており、より過酷な使用条件下でも問題の発生が少ない。
  • 純度の高い精製が可能で、不純物の含有率が低く、スラッジの生成を抑えることができる。
  • 硫黄分、窒素を含有しない為、添加剤の添加特性に優れるが、溶解特性に劣る。
  • 芳香族成分を含有しない完全飽和炭化水素であることから、人体・環境へ及ぼす害が少ない。
  • シール類を収縮させる性質を持つ。

といった性質があり、またエステル類には、

  • 組み合わせるアルコールと酸の種類により、多種多様な性質の基油を製造可能。
  • 熱安定性、酸化安定性が高く、高温安定性に優れる。
  • 分子に極性を有し、金属表面に吸着する性質がある。
  • 流体潤滑域〜境界潤滑域における潤滑性能に優れる。
  • 生分解性を持ち、単体であれば環境への影響がほとんど無く、人体への毒性も低い。
  • 他の基油と混合することで、基油の特性を引き上げることが可能。
  • 水に弱く、加水分解する。
  • シール類を膨潤させる性質を持つ。

といった性質がある。
上記の特性の内、シール類への攻撃性に関しては、一部のエステルに顕著にその傾向が見られるが、それ以外では現在のエンジンに使われている耐油性能の高いシールではほとんど問題にならないレベルであり、一部のエステルに関しても、添加剤やPAOとエステルの混合等で十分に中和することが可能である。 但し旧車や過走行車、一部の輸入車などでは、高級オイルだと思って高い金額を出して買った化学合成オイルと相性が合わず、そのオイルが原因で滲みや漏れが酷くなったり、新たに発生したりすることもあるので注意が必要である。


3-3. Very High Viscosity Index, eXtra very High Viscosity Index

ハイドロクラッキングオイル、高度水素化精製(分解)基油とも呼ばれ、鉱物基油と同様に重油を原料に製造される。
鉱物基油の精製行程において改質は通常行われないが、VHVI, XHVIの場合は高温、高圧化で水素とともに触媒を通すことで、硫黄、窒素、酸素、金属等を含む不純物を分解、除去し、多環芳香族、オレフィン類に水添させ、炭化水素をより軽質のものに分解させる等の改質行程を経て、鉱物基油に近い製造工程でありながら、化学合成基油に近い性状を得ている。 製造コストは当然鉱物基油よりもかかるが、化学合成基油に比べると若干抑えることができるようである。
この水素化分解の手法は、ナフサから残油に至る広範囲な原料油に適応可能であり、得られる製品の得率も自由に調整可能で、しかもその性状はオレフィン分を含まず、流動点が低く、硫黄分は非常に低く、後処理が不要である上に、軽質ガスの発生によるロスが少なく、原料油に対する液状製品の収拾率が110~120%程度に達するなど多くの利点を持つことから、燃料油〜潤滑油まで幅広い分野で活用が進むことが期待されている。 しかし、消費する多量の水素を製造する付帯設備が必須であることや、高温高圧下での運転が必要であることから、プラントの建設費用、運転費用ともに高額になるのが問題点である。 近年では特に、軽油、ガソリンといった燃料油のサルファーフリー化を進める中で、有効な手法として活用され始めている。


3-4. Other

上記以外のベースオイルとしては、Castrolの名前の由来ともなった(※)植物基油が有名である。
トウダイグサ科トウゴマ(Castor been)の種子から採取される植物油(ひまし油)をそのままベースオイルとして使用したもので、成分のおよそ80〜90%が不飽和脂肪酸の一種リシノール酸で構成され、低温〜高温で高い流動性と粘度特性を併せ持つ。 また、エステル同様分子に極性を有し、金属表面に吸着する性質があり、境界潤滑域においても高い潤滑性能を発揮する。
しかし、酸化安定性が極端に悪く、エンジンオイルとして使用した場合すぐに黒く焼け焦げ、重合してスラッジ化する欠点があったため、現在ではごく一部のスプリントレース用を除きほとんど使われていない。

(※)Castor oilから


3-4-2. 2017年追記

上記以外の物として、原油由来の原料に依らず、天然ガスや植物由来のバイオマス原料等を、一酸化炭素と水素の混合ガスへ転化後フィッシャー・トロプシュ反応により液化炭化水素を合成するGTL(Gas To Liquid)やBTL(Biomass To Liquid)と呼ばれる製法で生成される基油が普及している。 原料・製法は異なるが、基油製品として得られるものはVHVI/XHVIとほぼ同等のもの。
従来製法とは異なる物なので自動車用エンジンオイルとして販売される際の表記も紛らわしい状況であるが、一例としてトヨタ純正キャッスルモーターオイルが2017年にモデルチェンジした際、それまでのVHVI基油製品を「鉱物油」と表記、新製品のGTL基油製品を「合成油」と表記している。