9月1日

いよいよ本番である。 この日から3日間は朝早起きをして、スタート前のサービスに備える。 ラリーでは、グラベル路面を走行するが故に、ターマック路面よりも路面状態の変化が大きく、タイヤの選択が非常に重要になる。 そのため、当日の朝に、気象予報や前日までの天候を元に使用するタイヤを決定し、スタート前のサービスで当日使用するタイヤを車両に装着する。 同時に、念には念を入れ各部の締め付けトルクやアライメントをチェックし、サービスの不備によるトラブルが発生しないように点検を行う。
この朝のサービス(厳密にはスタートTCの前なのでこの日のはサービスではないが)で確実に車両をメンテナンスする為、車両がブースに到着する前に全ての準備を整えておく必要がある。 CUSCOチームでは今回大型のトランスポーター(通称GTトラック)をブース内に駐車して、そこをスペアパーツや工具、配布用のカタログなどを置いておく倉庫として使用しており、夜間は防犯上の理由から全ての工具、部品類をトラック内に格納していた。 これをサービスができる状態にブース内に整理して並べるのが朝一の仕事なのだが、CUSCOメカニックの方が到着する前に学生でできる範囲の作業をしようと前日に打ち合わせをしたにもかかわらず、朝トラブルがいくつか発生しホテルからの出発が予定より遅れてしまう。 当然CUSCOのメカニックの皆さんは既に集まっていた。 プロとしての意識、その姿勢を見習い、今後も努力しなければならないとあらためって思った。
前日までの作業の成果もあり、この日の朝のサービスは特に問題も発生せず、スムーズに作業が終了し、定刻どおり柳沢選手、美細津選手は出発していった。 


朝のサービス後すぐ、サプリメンタリーリフューエルに連れて行ってもらえることになった。 WRCでは、競技車両はオーガナイザーによって指定された燃料しか使用できず、給油が受けられる場所も指定されたリフューエルゾーンのみに限定される。 今回のRALLY JAPANでは、FIAプライオリティードライバーに使用が義務付けられているFIA指定燃料はドイツ・シェル社が、それ以外のドライバーに使用が認められているポンプ燃料は昭和シェル石油社が供給し、給油作業はオーガナイザーに認められた指定業者のスタッフが行う。 いくら中身がその辺のシェルスタンドで150円/Lぐらいで販売されているピューラと同じだからといって、345円/Lの支払いを拒否したり勝手に給油したりはできない。 これは同一生産ロッドの燃料を同一の容器で輸送することで、競技により公平性を持たせ、また、安全性、環境に対する影響、国内の危険物の取り扱い、輸送に関する法令への配慮から定められたものである。 ちなみにFIA指定燃料の価格は5.18Euro/Lである。
リフューエルゾーンは、北愛国サービスパーク内と、Leg1,2では上利別、Leg3では新得に設けられ、ラリー開始前に必要量の燃料代金を支払わなければならない。 今回同行させてもらったのは上利別のサプリメンタリーリフューエルで、北愛国サービスパークからは競技車両の移動ルートで80.86kmの距離がある。 サービスカーはリエゾンにおいて、競技車の周囲1km以内に侵入してはならないため、別ルートでの移動になり、多少多くの距離を移動する。 高速道路でも80km/h or 70km/hと、比較的制限速度が低い道が多いこともあり、所要時間は片道約2時間程度。 リフューエルゾーン内ではスムーズな給油作業と、安全確保の為車両の整備、タイヤ交換等を行ってはならず、またクルー以外では登録されたチームスタッフ2名のみが立ち入ることができる。 その為、自分はリフューエルゾーンの外、オフィシャルにサービスカーの駐車を認められたエリアからの見学となった。
実際の給油作業は、まず規定のエリア内に車両を乗り入れてエンジンを切る、クルー(通常はコドライバー)が給油スタッフに油種と給油量を指示、給油スタッフは地面に打ち込まれた金属製の杭と車両をケーブル(見た目は市販のブースターケーブルのようだった)で接地、燃料ホースを車両側給油口に接続し給油、その間給油スタッフの1名は必ず消火器を構えて待機、給油完了後燃料ホース、アース線を車両から切り離し、車両を移動させる。 ノンプライオリティエントリーのグループN車両の一部にノーマルタンク装着車両がある以外は、基本的にFIA燃料サンプルカップリングを装着した安全タンクを使用しなければならず、給油口はトランク内やリアゲート内にある。 給油スタッフは全員防火服で、予備と思われる物を含めて20本程の消火器が用意されていた。 消火器は大型の物や小型の物など数種類あったが、給油中にスタッフが構えていた物はおそらくFIA指定の物、それ以外は国検規格(総務省検定品)の物が用意されていた。
Leg1,2では、サプリメンタリーリフューエルが午前中2回、午後2回、Leg3では午前午後1回ずつ設定されているが、既に書いた通りリフューエルゾーンまでの距離があり、移動時間もかかるため、サービスカーは午前と午後をそれぞれ1セットとして現地に向かっていた。 その為、Leg1午前、Leg1午後、Leg2午前、Leg2午後の4セットがちょうど学生の人数と一致した為交代で連れて行ってもらえることができ、Leg3では引率してくださった花島先生が同行されていた。
リフューエルゾーンには、登録されたチームスタッフ2名が入ることができるが、ここでは主にクルーとの情報交換、目視による車両点検が行われる。 ここで得られた情報をサービスパークのチームスタッフに連絡することで、次回サービスのメンテナンス計画を立て、また準備を行うことで、より確実で効果的なサービスを行うことが可能になる。 情報収集が主な目的である為、リフューエルゾーンにとどまっているとは限らず、1回目のリフューエルの後2回目までの間に陸別方面のSS付近まで移動し、気象状況なども合わせてサービスパークに連絡する。 また他チームのクルーとの情報交換や、外傷のある車両が到着した際にその損傷個所を見ることでコースのコンディションや傾向をある程度推察することもできる。
リフューエルゾーンでは競技車両のメンテナンス行為は一切禁止されているが、その横の空き地に関してはリエゾン扱いされクルーが自力で作業を行う分には特に制限は無い。 ここでタイヤ交換を行うクルーも結構いたようだが、自分は幸運にもスペシャルバージョンを見学することができた。 ラリーでは、リエゾンと呼ばれる一般公道を現地の法規に従い、一般車両と共に走行する移動区間と、スペシャルステージと呼ばれる公道の一部を封鎖した区画や特設のコース等をタイムアタックする区間があるが、そのスペシャルステージを、競技車が走行する前に走行し安全を確認するゼロカーと呼ばれる車両がいる。 ゼロカーは競技車両ではないので、サービスパーク外においても、スムーズな競技運営に必要と判断される場合リエゾンにて車両のメンテナンスを実施することがある。 今回そのゼロカーのサービスが上利別のリフューエルゾーンの横に設置されており、JRCA会長の小西氏がドライブするスバル インプレッサWRX STIスペックC(GDBアプライドF)をメンテナンスしている場面を間近に見学できた。 このゼロカーのメンテナンスは、STI本社から派遣されたメカニックと、地元の帯広スバルから派遣されたディーラーメカニックが担当しており、競技車のように制限時間は無いものの、ほぼ同じ時間で同じ内容の作業をされており、そのレベルの高さには感心した。 普段ディーラーで行われている一般整備とは環境も内容も違うはずだが、さすがプロはその程度で作業ができなくなることは無い。 自分は必ずしもディーラーメカ志望ではないが、メカニックとしての一つの目標が見えた気がした。


サプリメンタルリフューエルから北愛国サービスパークに戻ると、すぐにお昼のサービスである。 あらかじめ必要な情報を連絡してあるので既に準備は整い、待機していたメカニックも直ぐに作業が開始できる状態で競技車の到着を待ち構えている。 今回のラリージャパンでは、1日に朝、昼、夕の3回のサービスが設けられ、朝は10分、昼は30分、夕方は45分、Leg3の最終サービスは20分がターゲットタイムになっている。 朝のサービスで基本的な流れは見学していたが、実際に作業に参加するのはこのLeg1のお昼のサービスが初めてになる。 まずは作業に慣れ、CUSCOメカニックの方が作業をする邪魔になることが無いよう、指示された作業を確実にこなすことに集中する。 具体的には、サービス前にスチーム洗車サービスを受けているとはいえ、なお汚れが残るボディをウェスで拭き上げ、また窓ガラスをフクピカ(商品名、窓ガラス用ウェットティッシュ)できれいにする洗車作業。 そしてグラベル路面を走行した車両は下回りに多くの泥が付着している為、それを三味線撥等で掻き落とすのだが、地面に掻き落とされた泥がたまっていては次の作業に移れないので、その泥を蜻蛉や箒を使って車両下から移動させ、捨てる作業。 以降のサービスにおいても、これらの作業と、メカニックの方に随時指示される部品、工具などの移動、受け渡しが学生の行うメインの作業になる。
足を引っ張ることの無いよう全力で作業に当たったが、やはりまだ作業になれないため、動きが止まってしまう事が多々あった。 しかし今回のサービスで、自分がどのように動いたらよいかを少し把握できた気がする。 メカニックの方の邪魔だけはせずに済んだと思うので、今後改善できるよう努力しよう。


まだ初日ということもあり、SS4で前走者に追いついてしまったためフロント周りを念入りにチェックした以外は、各部トルクチェック、アライメントチェック、エンジンオイルチェック、ブレーキフルードエア抜き、ウォッシャー液&インタークーラーウォータースプレー用の水の補充、下回りの泥落としといったルーティーンの作業のみで、特に大きな問題はなく無事に車両を送り出すことができた。 車両を送り出した後は、工具の整理とブース内、特に車両をメンテナンスしていたエリアの清掃、そしてタイヤの清掃、管理を行い、それが一通り終了するとしばらくの間休憩となる。 が、学生が参加しているということで、なんとスペシャルメニューを用意していただけた。 なんとメカニックの方が30分でされていた作業を、レッキ車のインプレッサを使って自分たちでやらせてもらえたのである。 所要時間なんと約2時間!!!? 説明を受けながら、メカニックの方は暗記されている規定トルクを一つ一つ伺いながら、途中で1G締め付けの基本と実演なども混ぜながらではあったが、メカニックの方がその作業をいかにスムーズに素早く行っていたのかを、身をもって体験することができた。 ちなみに自分がサプリメンタルリフューエルに同行していた午前中にもスペシャルメニューは実施されており、そこではストラット式サスペンションの効率の良い交換方法の実演と実践が行われていたらしい。 こっちも受講したかった・・・


夕方になり、あたりも暗くなってきたころ、競技車たちが続々とサービスパークへ帰ってくる。 しかしここですぐにサービスは行われず、1日の終わりに設定されたスーパーSSを走行してからになる。 Leg1では、このスーパーSSを観戦する機会に恵まれた。 ここは、1台ずつの出走になる林道セクションのSSと違い、特設されたトラック上を2台が同時に出走する形式になる。 シェイクダウンで1度走行している車両を見たコースとはいえ、夜間に多連装ライトポットを点灯し、本番モードでタイムアタックする車両を見るのは、昼とはまた違う迫力がある。 残念ながら我らが柳沢選手は出走2回のうち2回ともペアで出走した相手に負けてしまった。 まぁスーパーSSだけでオーバーオールの順位が決定するわけではないので車両にダメージを与えないよう慎重に走るのも重要である。 頑張りすぎてガードレールに刺さってしまうとリタイヤになってしまうし、大勢の観客が見ている前で競技進行をとめてしまうことにもなる。


スーパーSSで柳沢選手を応援した後は、CUSCOブースにダッシュで移動である。 なんせSSSのゴールからCUSCOのブースまでは直ぐに車が来る。 車より速く移動しなくては夜のサービスに間に合わない。
自分達がブースに到着して程なく、柳沢選手もブースまで帰ってきた。 夜のサービスのスタートである。 夜のサービスでは、昼間のサービスで行った内容に加え、ミッションオイル、リアデフオイルの交換、本番中の夜間には競技車両は1箇所に集められ、オフィシャルの車両保管を受けるが、そこまでの移動用タイヤの装着を行う。 エンジンだけではなく、ミッション、トランスファーまでをもカバーするインターラリー用スペシャルバージョンのSAFETY21大型アンダーガードも取り外し、昼にもまして徹底的なトルクチェックを行い、トラブルの可能性を少しでも減らせるようメンテナンスする。
作業を手伝うのも2度目になると、1度目と同じ内容はスムーズに行えるようになってきた。 メカニックの方がされていた作業の中で、自分でもできそうなことをやってみようと少し手を出してみたが、まだまだメカニックの方の動きを把握しきれず、邪魔になってしまう部分があった。 また、レギュレーションでは、サービスの際にマシンに触ってもいいメカニックはオーガナイザーに登録された5名に限られており、はたして自分がどこまで手を出してしまってもいいのであろうか?と少し心配になるが、監視に来たオフィシャルが何も言わずに帰ったので、直接ボルトナットに触るようなことをしなければ多分大丈夫なのだろうと解釈。 まぁ監視に来た日本人のオフィシャルがレギュレーションを把握しきれていない可能性もかすかにあるが・・・ ラリージャパンでは、競技運営に携わるオフィシャルの多くが普段は違う仕事をされているボランティアの方である。 その為、特に車検や、サービスの監視を行う技術委員は、JAF技術審判員B3級ライセンスを持ってはいても、FIAのレギュレーションに関する正確な知識をどこまで持っているかは各個人による差があるようだ。


このサービスでも、大きなトラブルは無く、無事に作業終了。 車を送り出してブースの片付け、清掃を行い、明日も早いという事ですぐにホテルへと戻ることになった。